つむぎレポート

No.0122014.03.17
遺産分割が無効?債務の相続に注意!

笹島 修平

1.債務の相続

父親は事業を営んでおり、事業用資産(6億円)と現金1億円を所有していましたが、事業資金として4億円の借入がありました。父親は、遺言書を遺しており「事業用資産(6億円)と借入金4億円は後継者である長男に相続させ、現金1億円は長女に相続させる。」と記載してありました。長男と長女は遺言書通りに相続することにして相続税の申告も済ませました。ところが、相続後事業はうまくいかず借入が増加して長男は返済が困難な状態になりました。しばらくして銀行は長女に対して、父親の負担していた借入金(4億円)の半分の2億円の返済を求めました。長女は銀行に対して、遺言書を提示して借入金は長男が相続しているので、長女は関係ないと説明しましたが、認められません。どういうことでしょうか。

被相続人の負担していた債務は原則として法定相続割合で相続されます。遺言書の内容や、遺産分割協議書の合意内容は相続人間では有効ですが、債権者に対抗することはできません。従って、長女は父親の借入金の半額(2億円)を弁済しなければなりません。長女は長男に対して、銀行に返済した金額を請求することはできますが、長男から回収することは不可能な状況です。

長女が相続した金額は1億円です。それなのに2億円の弁済を求められるのは酷な話です。ここで、相続放棄をすることはできるでしょうか。相続放棄ができるのは、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内です。当該期間内に相続放棄しなかった場合には、長女が自分で頑張って蓄えた財産を切り崩して返済しなければなりません。

2.対応策

借入を負担している親は、後継者以外の子供達のために債務に対する対策が重要です。

第一に、借入は生前に整理してしまうことです。例えば、法人を設立して、事業用資産を法人に売却します。法人は新たに取得資金を調達する必要がありますが、父親は当該売却資金で借入を返済することが可能になります。なお、注意しなければならない点は、法人の借入金を父親が保証してしまうと、父親が亡くなった場合に、当該保証債務は相続人に法定相続割合で相続されますので、結果は変わりません。

第二の対策は相続が発生した際に、銀行に遺言書や遺産分割協議書に従った債務の承継を認めるように交渉することです。銀行が遺言書や遺産分割協議書の内容に応じた債務の承継を認めてくれれば、長女は父親の債務から免責されます。相続発生時点の財務状況が良ければ銀行は相続人の希望に応じてくれるでしょう。

第三の対策は相続放棄です。相続放棄は相続があったことを知ってから3か月以内であれば長女が単独で行うことができます。この場合、長女は借入を負担せず済みますが、現金も相続できません。ただし、対応策があります。現金1億円は生前に父親が長女に贈与し、父親が亡くなった時には長女は相続放棄をします。生前贈与を受けた1億円は相続放棄をしたとしても返還する必要はありません。もちろん、贈与時に父親が債務超過等で、債権者を害することを知って贈与をした場合には、債権者は当該贈与を知ってから2年間はその取消しを裁判所に請求することができます。

1億円を贈与した場合と相続した場合の税負担は、(暦年)贈与税と相続税では税率が異なり、このケースでは相続税よりも(暦年)贈与の税負担の方が大きくなります。このようなときには、相続時精算課税を選択して贈与税を納税するとよいでしょう。この場合、贈与時には2,500万円を控除した金額に20%の税率を乗じた贈与税を支払い、相続時には当該贈与財産を相続財産に加えて相続税(既納付の贈与税は控除)で精算します。税負担は1億円を相続で渡した場合と同額になります。

このように債務を抱えている方は、後日子供達の間で問題が生じないように、きちんと整理して対策しておくことが大切だと思います。